ぼくのために揺らいでほしい

玄関を開けるとよれよれのスーツを着た寝癖まみれの男が立っていた。足立さんである。
どういうわけだかこの人は私の周りによく現れる。朝学校に行く時、帰り道、日曜日ジュネスに行っても、大体現れる。そして今、住所を教えた覚えがないのに私の家に来ている。
最初会ったときは無害そうな人だと思ったけど絶対違う。この人は危険だ。堂島さんは犯人を捕まえるよりこの人を捕まえるべきだと思う。

「あれ?君一人?」
「・・・急に出張だとかで、二人ともいないです」
「へー、ついてんなあ僕」
「は?」「あはは、こっちのこと」

何言ったこいつ、と若干年上の人間への敬意を欠いた言葉を抱いている私の横をすり抜け足立さんはお邪魔しまーすと靴を脱いで中にずかずかと奥へ進んでいった。誰か!
急いで後を追うとさっきまで私が座っていた場所に座りつつチャンネルをまわしながら面白いテレビないねーなどと抜かしている。なるべく距離を開けて私も座り、混乱する頭を落ち着かせて聞いた。

「なんの用ですか?」
「あ、忘れてた。今日学校休んだんでしょ?これプリント」

本当に忘れてたらしく胸ポケットからプリントを出した足立さんはごめんね、と言いながら私に紙を差し出した。それを受けとりながらなんで、とさらに混乱した。そんな私の気持ちを悟ったのか足立さんはにこにこと説明を始めた。殴りたい。

「今日聞き込みで八高行ったんだけど、ついでに君に会いに行こうかなーって思ったら休みだって聞いてね。心配だから住所教えてって君の友達に言ったらじゃープリント届けてくださいって、そんな感じ?」

どんな感じだよ!と心の中で突っ込んでそんなことを頼んだ友人を恨めしく思った、つーか誰だ、ぶん殴りたい。私を危険に陥れた相手をどう探すか思考を逡巡させていると、とんとんと肩を叩かれる。 見ればぴらーとカーテンのように広げられているそれは紛れもなく自分の下着だった。そういえば洗濯物たたんでる途中だったんだ、と的外れなことが頭に浮かぶ。

「可愛いのはいてんねー」
「ぎゃああああ!」
「今はいてるのはどんなの?」
「ひゃ、っうわ、」

足に手を伸ばされて恐怖で身を引くと滑って後ろに倒れる、後頭部に鈍い痛みが走ってあはははと朗らかな笑い声が聞こえて起き上がろうとすると赤い何かが目の前をかする、ネクタイだと頭が理解した瞬間には私はもう押し倒されていて叫び声も出ない。 子供がぬいぐるみを離さないのと同じように抱きしめられて、異常事態に頭の中で警鐘が響く。もう遅い!
背中の温度が床に吸収されるのに対するように妙にひんやりとした手がTシャツの隙間から背中へ滑るように入り込む、ぞぞぞと背筋が震えるのに気づいたのかこらえるような笑みを含んだ声でささやく。

「やっぱり好きだなあ、君の事」
「は、」
「せっかく転んでくれたからやっちゃおうかと思ったけど、やーめた」
「やっ・・・?!?」

笑いながら私から離れた足立さんはそのまま玄関の方へ向かう。ドアの閉まる音が聞こえて私は急いで起き上がって後を追ってぶん殴ってやろうと起き上がろうとしたけど急に腰が抜けて再び転んだ。情けなくなって途端に泣きたくなった、怖がるな!足立さんの思う壺じゃないか!きっと足立さんは私の怖がった姿を思い出して笑ってるんだ。ああ、腹立つ。

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