葬列

 所詮人が神に挑むなどおとぎ話にすぎなかったのだ。
事切れて後はただ霧に溶けるだけの友の体から流れる黒い液体を必死にかき集める少年の指先からは、私の瞳の色と同じ、赤い血が流れている。もうずいぶんと少年はああやっている、時折手を休めては鼻を啜ってふたたび作業に戻る。その繰り返し、なんて哀れな、いや、いとおしいのか。
 最後の戦いは、神様が勝ちました。神様は、その哀れな子どもたちをゆっくりと霧に溶かしてあげました。
 いつだったか幼子に見せられた、絵本のような口調でそう紡ぐ。あれはどんな話だったのだろう。

 遠くで、赤く揺れる灯りが見える。
 ゆら、ゆら、と霧に飲まれた人の子、赤い瞳のシャドウたちが、ふと止まって私へ懐かしむように手を降った。私がそれに応えるように手を降ると彼らはふたたび列を成して霧の奥深くへと進んでいった。

 気がつくと、体中をまっくろな血で汚した彼が私を睨み付けていた。見てはいけないといったのに、約束を破って私の姿を見てしまったあの人の、表情にとてもよく似ている。ふ、と微笑んだ私を糾弾するような声をあげて、少年は叫ぶ。

「俺を、殺せ」
「ふ、ふ」
「ああ、みんなの、みんなの血が止まらないんだ。血が、血が」

 嗚咽をあげる少年を見ながら、ひどく不思議な気持ちになる。静かな水面の私の心が、いや、私に心があるのだろうか。ないはずだろう。黄泉に、心はいらなかった。ふふ、と口元に袖を当ててひそやかに笑う。長く、いすぎたみたい。

「殺して欲しいのかい」
「黒い血が、ああ、みんな、」

 少年の耳元で甘くささやいても、少年の繋がっていた世界との糸がぷつぷつと切れていっているらしく、彼はくろいちが、と最後に呟いて呆けたように笑い始めた。もらい笑いなのか私もふふ、と笑って、少年の霧に良く似た、私の髪の色に良く似た頭を撫でた。
 少年は幼子のように顔をほころばせて私の手を取った。冷たい手、けれど熱かった。見ると、指先から血が出ている。その指先を口に含むと、血の味がした。舌先で傷口をえぐるように押すとはははと少年は無邪気に笑った。

 衣を翻すと、雨のにおいがした。鼻をくすぐるようなやわらかい香りや優しい人の手のようなぬくもりが好きだった。あの人を恋しく思うのと同じくらい好きだった。
 私たちは沈むのだ。溺れ、惑い、目をつぶることも出来なくなった私たちをもういちどやりなおそう。そしてもう一度、あの人とともに作った世界を作ろう。そうしたら、あの人は私を迎えに来てくれるだろうか。なんてね。

 みな見たくなかったのだろう、でも目をつぶるのは大変だ。まぶたを閉じても光は薄く見えてしまう。光が見えると希望を抱く。
 だから、だから、だから?私がぜんぶ閉じてあげるよ。読み終わった本を閉じるように、扉を閉めるように、まぶたをそっと、閉じるように。光も闇も通らぬ深い霧の中に。
 連れて行こう。愚かな人の子も、君も、私も。私は壊れた希望を引いて、黄泉路への門を潜った。

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