きみの指に奪われるなら本望だ
足立透はカードを切るのがうまい。なにかやってたのかとたずねると彼は少し自慢げに手品をね、ちょっとね、とこぼした。彼の手の中でカードがプログラムされたように切られていくのを私はただじっと見つめていた。カードを切るその手に見惚れる振りをして彼の話など耳に入らないようにしてみた。
「昨日彼女に会えたよ」
しかしそんな私の虚勢などもろく崩れ、彼は上機嫌にカードを切り続けている。もう配ってくれてもいいんじゃないかなと思うが私も彼もカードでゲームをする気はなかった。彼は私に話をするだけで満足だし、私はそんな彼の話を聞いているだけで満足だった。つきまとう嫉妬さえなければこの時間はすばらしい時間だと思う。
「いつ見ても可愛いね、って言ったら冗談にされちゃったよ。僕ってそんなにお調子者に見える?」
「ものすごく、」
でもそういうところ私はすごく好き、とは言わなかった。言えば彼は不機嫌になるし、私は不機嫌になった彼と話をするのが苦手なのでやめておいた。刑事に昼休みなんかない。私は恐喝グループを追わなきゃいけないし、彼は連続殺人事件を追わなきゃいけない。それなのにこんなところでカードゲームの真似事をしている。こんなところ。取調室で。
「昨日の彼女のリップクリームは色つきだったな。あれで彼氏とキスでもするのかな」
「その子彼氏いるの?」
「いないみたい、雑誌で『オトコノコを虜にする魅惑のグロス』見てたし」
「変な名前のグロスだね」
「ね、噴出しちゃった。」
くく、と思い出し笑いをして足立透はカードを手の中でパタパタと落とす。カードの間で挟まれた空気がふふふと吐き出された。私はポケットの中からミルクキャンディを取り出してひとつ口の中に放った。いつ食べても甘い。しかし足立透はこの飴が好きなのだ。
「君その飴好きだよねー、ちょうだい」
「いいよ、・・・たまには受け取ってよね」
一生そんな機会来るなと思いつつ仕方ない振りをしてポケットからミルクキャンディを取り出す。どきどきと高鳴る心臓を今日までに培われたポーカーフェイスで身を乗り出す。足立透は口を開いて私のミルクキャンディを待っている。口元へ持っていけば彼の体温が指先に伝わってきて早くもポーカーフェイスは崩れそうになってしまう。勢いで指を突っ込むと彼の舌先が私の指先を掠る。
「んー・・・いつなめても甘いなあ」
「若い子に人気なんだよ」
「あの子も好きだって僕にくれたからね。・・・食べてないけど」
足立透はそのまま黙って飴を咀嚼する。私は指先がじんじんと疼いているような気がして泣きそうになる。彼は頭の中で彼女とキスでもしているのだろう。私はそんな彼の目の前でミルクキャンディを吐き出したくてならない。
「ねえ」
「なに、」
「僕はなんでよく知らない女の子のことを追いかけてるんだろう」
「知らないよ、そんなの」
「そうだよね、僕も分からない」
まったくやってらんねえや、と苦々しい顔をして足立透はまたカードを切り出した。私は彼の恋心をまた無視してしまった。それは恋だよ、と教えたい。さっさとアプローチしてさっさと付き合ってしまえばいいのに。私はこうやって二人でいる時間を得るために彼の気持ちを無為にする。
「今度手品見せてあげるよ、練習がてらに」
「うん、楽しみにしてる」
足立透はひどい男だ。恋愛感情を持っていない。知っていない。知らないふりならまだましだろう。けれど彼は自分が女の子に寄せる嫉妬も愛情も恋情も、首をかしげて立ち尽くしている。私はそんな彼につけこんで、彼と一緒にいる。どっちが汚いのか、やっぱり私が汚いのか。ふいに見たテレビの中に、私の知らない女が笑っているのが見えた。