春の盾

みんなの声が聞こえて、私は一番会いたい人のことを考えるためにまぶたを閉じた。
穏やかな太陽の光が、まぶたの裏からでも感じられる。私の体は柔らかな空間に入り、私が感知するだけの世界になった。
私は、その暖かさを心にくるみながら、その暖かさに相対する人を思い浮かべ――――――やめた。
ぱちりと目を開けると、アイギスの青い大きな瞳が、私を見ていた。私の瞳も、アイギスを見ていた。アイギスの瞳はとてもつるりとしていて、私の生気のない顔までもまっすぐに反射している。
「私だ」
「はい」
アイギスの声は、そのまま私のおでこにぶつかり、耳の中を転がって下に落ちた。後頭部に感じる硬い膝はスカートごしだからか優しく温かい。私は投げ出された足を震わせて、アイギスに笑いかけた。
「膝硬いね」
「ごめんなさい。どきましょうか」
「ううん、気持ち良いよ」
私はふう、とアイギスの顔に息を吹きかける。なんの材質なのか分からないけどさらさらのアイギスの髪は風に吹かれたみたいに揺らめいた。アイギスの瞳は蠕動みたいに瞬く、風が入ったからでなく、私の行動が不可解なのだろう。
「ねえアイギス」
「はい」
「アイギスの中に私はいるよね」
「質問の意味が…あ」
私は手を伸ばしてアイギスのリボンを撫でた。
「ここにさ」
「…はい」
アイギスは今までしたこともないような幸せな顔をした。
「います。ここに。焼き付いています」
アイギスは私の手を掴んで喉に私の指を触れさせた。そこは冷たくて、当たり前だけど血も通ってなくて固かった。ただわずかに振動が指先にあたる。彼女の喉にある大事な扉に、私はノックしている気分だった。そのたびにアイギスの瞳に映る私が、くすぐったそうに笑っている、そんな風に見えた。
「でも、ここにいるあなたは」
「ああ、良かった」
「アイギスの中にいるなら安心だ」
私はアイギスの手をほどき、うーんと伸びをした。体は半分くらい陽に溶けたように感覚はなかったが、それでも伸びをした。春が肺に沈んでいく。
反動で私の頭はアイギスの膝から少しずれた。すぐさまアイギスが直してくれる。
「アイギスが守ってくれるね」
「…はい…あなたは私の大切です。宝物です」
「うん、」
私は宝物という言葉に胸をきらきらと輝かせた。私はアイギスという宝箱に入っているのだ。それは素敵なことだ。
アイギスの指が私の髪を滑る。赤い私の髪はアイギスの指と日の光で薄いぴんく色をしていた。アイギスはさっきのおかえしのように髪に息を吹きかけ風になびかせた。
春の風がこう、と吹いて、私の体が浮かんだみたいだった。私は目を閉じてまぶたの上を翻る私を想像した。体は空気と同化して、太陽から伸びた糸に吊られたようにフェンスの上に立った。くるりと一回転したら、風がさらに私を回転させた。
「………さん」
回転を止めて振り返ると、アイギスがこちらを見ていた。空のように青い大きな瞳で。
バタンと扉が開いてみんながアイギスの膝で寝ている私を囲んだ。私はアイギスに髪を撫でられて、とてもいい夢を見ているみたいだった。
アイギスがその私と私とを交互に見て、ふわりと笑いフェンスの上の私に手を振った。
みんなはアイギスが手を振った方を見て、不思議な顔をしている。
私は片手を太陽に伸ばして、そのまま役者みたいに礼をした。


20100318

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