踊る先にある未来

 主人公の名前はデフォルト名である「クリス」です。
 ※通常EDしか見てない。支援会話バレ有。


 マルスとシーダの婚礼パーティは、夜が更けてもまだ続いていた。きらびやかな宮殿は、ついこのあいだまで戦いがあったとは思えないほど美しい。平和が訪れたことが、この場をにぎやかにさせているのだろう。
 マルスの近衛騎士であるクリスは、慣れないドレスの裾を持ち上げながらそんなことを考えていた。
「クリス」
 声のした方を向くと、ジョルジュが立っていた。礼装をしているので一瞬誰かわからなかったが、クリスはそれがジョルジュだと分かると手を挙げてあいさつしそうになった。
「やはり慣れていないようだな。」
 恥ずかしげに手を下ろしたクリスを見て、戦場では見慣れないその仕草に唇をわずかにあげて微笑んだジョルジュはそう言った。その笑みにクリスは気まずそうにドレスの裾をつまんで会釈した。
「ええ、故郷でもこんな服着たことがないし……おかしくないでしょうか?」
「それでおかしいなら、ここにいる女はみんな間抜けな格好だろうな。」
「?、それはどういう……」
 クリスの目が丸くなり、ジョルジュの言葉の意味を探ろうとする。ジョルジュはその視線をわざと避け、周りの様子をうかがった。
 戦いに参加した奴らとは別に、貴族の令嬢や青年も集まっている。彼らは婚礼パーティに乗じて、名のある貴族や武を上げた騎士と知り合おうという魂胆なのだろう。今回の戦いで名を挙げたロディや、ルークのまわりに若い令嬢が群がっているのがその証拠だ。迷惑そうな顔をしているロディは、令嬢たちの話を受け流しながらしきりにクリスとジョルジュを見ていた。
「ジョルジュ殿、どうかしましたか?」
「いや、何も。……よく似合っている」
「え?」
「そのドレスだ。装飾品とのバランスも良い。ロディに選んでもらったのか?」
 ジョルジュはロディから目を離し、クリスに笑いかける。普段は顔半分を髪で覆っているクリスの、両の目が開かれる。頬がわずかに桃色に染まり、開いた胸元をレースがあしらわれた手袋が隠した。
「すごいですね。お恥ずかしい話ですがそのとおりです。こういった衣裳のことはまったくわからなくて、セシルやカタリナも忙しそうだったのでロディに相談したんです。」
 ドレスの胸元は大胆に開かれているが、ぎりぎりのところで隠されてしまっている。その上を予防線とでも言いたげなレースが走り、このドレスを選んだ人間の性格が手に取るようにジョルジュには分かった。口角が自然と上がるのを咳払いでごまかして、ちらりとロディの方を見ると、令嬢達をルークの方に押しやる作戦に出たらしい。こちらへ来るのも時間の問題だろう。
 クリスを見ると、給仕が運んできたグラスを受け取って唇をつけていた。わずかに飲み、ジョルジュの視線に気づいたのかグラスから口を離す。どうやら不作法を見とがめられたのだと勘違いしたようだ。
「気にするな。喉が渇いているんだろう?」
「いえ、マルス様の騎士として、どのような場でも礼儀を逸することはできませんから……。」
「やれやれ、堅いな。それでよくマルス様のそばを離れることができたもんだ」
 肩をすくませながらジョルジュが言うと、クリスは「まったくです」と返した。
「マルス様の警護にあたるつもりだったのですが、ジェイガン殿に来賓として警護にあたるように、と言われてしまって……。来賓としてなら、他に適任はいくらでもいたでしょうに……」
 おおかた、今回の戦争の真の功労者であるクリスに褒賞を与えたいと思ったマルス王子がジェイガンに命じたのだろう、とジョルジュは予想した。戦争を終結させたのはマルスだが、導いたのはクリスだ。それはこの戦争に参加した誰もが賛成するだろう。命令でもなければ、パーティに参加して自らを着飾ることもないだろう。そこは、マルスに感謝したい気持ちでいっぱいだった。

「自分以外の男の好みで着飾った女を見るのがこんなに腹立たしいとは知らなかった」
 ふいにこぼれた言葉は、楽隊のシンバルの音にかき消された。ダンスの始まりだろう。見知った顔がちらほらとホールに見える。
 今まで浮名を流してきたジョルジュも、相手のいる女性の心を奪ったことが何度もある。ジョルジュ好みに着飾った女性を歯噛みしながら見てきた男たちの気持ちを、今なら少しくらい理解してやれそうな気がした。
「クリス」
「はい」
 楽しそうな笑みを浮かべて、クリスがジョルジュの目を見た。クリスはジョルジュの目をまっすぐと見る。それがジョルジュにはたまらなくうれしかった。権謀術数のメニディ家の人間だと分からなくても、ここまで人を見ることのできる人間は少ない。
「オレと踊らないか?」
「えっ」
 手を伸ばして、クリスの持っていたグラスを通りがかった給仕の盆に乗せる。手持無沙汰になったクリスの手をジョルジュの手に重ねて笑った。真っ赤になったクリスの顔も面白かったが、それ以上にクリスに触るだけではずむ自分の心に笑えた。まるで少年だ。
「ジョルジュ殿、私は踊りが苦手なのです。他の方と踊った方が」
「礼節の一環としてやらなかったのか?」
「や、やりました。ですが、踊る相手踊る相手足を踏みつけてしまって……ジョルジュ殿の足を踏むわけにはいきません」
 手をジョルジュの手に重ねたまま、クリスは言う。その顔は戦場では見られないような混乱した顔で、ジョルジュはそんなクリスをとてもかわいらしいと思った。そしてやはりこの表情には、自分が選んだドレスの方が似合うだろうな、という気持ちになった。
「そうか」
 ジョルジュは残念そうな声をあげて手を離そうとして、クリスがほっとした顔をした隙をついて手をつかんだ。態勢を崩したクリスを受け止めるようにジョルジュはクリスの腕を自分の腰に回し、駆けるようにきらびやかな踊りの中心へ飛び込んだ。
 わっ、とホールの周りを囲む貴族たちが声を上げる。メニディ家のジョルジュがやってきたことと、その相手が誰なのか。さっそく噂が交わされているらしい。
「ジョルジュ殿!」
 足を踏むまいと慌てるクリスに笑いだしたい気持ちを抑えながら、ジョルジュはクリスの乱れたステップをリードする。クリスの動きは戦場でさんざん見ている。前線の動きを読めないで弓を放つことはできない。それと同じことだ。
「なかなか悪くない。クリス、オレ達は相性が良い」
 慣れてきたクリスは、強引なジョルジュの言葉に眉をひそめつつも、純粋にダンスを楽しむことに意識が回るようになってきたようだった。礼節の一環で組んだ相手は、自分のパートナーを思いやる動きができなかったらしい。
「ジョルジュ殿のリードの仕方が上手なのでしょう。経験がたくさんおありでしょうから。」
 嫌味っぽく微笑んでクリスはジョルジュの手から離れて一回転する。クリスのこどもっぽい言葉に笑みを浮かべて、ジョルジュはクリスを受け止めて花の香りのする耳元にささやいた。
「今のところ踊りたい相手は一人しかいないがな」
「……よくそんな恥ずかしい言葉を言えますね。」
 顔を真っ赤にしたクリスがジョルジュから目を背ける。その目がとても驚いたような目をした。
「どうした、クリス」
「いえ、ロディがとても慌てているので。珍しい。あんなに驚いた顔をしているロディは見たことがありません」
「クリス」
 ジョルジュは合わせていただけのクリスの手のひらに指を絡ませる。びくりと体を震わせたクリスは、ジョルジュの目を見た。
「ジョルジュ殿?」
「オレの恋人にならないか?」
 クリスの足がもつれそうになる。ジョルジュはそういうステップのように体を引き上げ、クリスごと回った。ダンスとしてはやや不作法な仕方だが、転ぶよりかはきっといい。
「な、なにを急に、」
「別に急でもない。以前お前に好意を持っていると言ったろう?」
 落ち着きを取り戻したクリスは、ステップに集中しながら言葉を選んだ。
「あれは、あれは……冗談だと、そう思いました。それに打算だとジョルジュ殿も仰ったではないですか。」
「言ったな。だが、そう言えばお前がオレを意識するかと思った。まあ、結果は見ての通りで、こうしてはっきりと伝えることになったわけだから、お前の鈍感さにはまいった」
 クリスは口を開けてジョルジュのすました顔を見るほかなかった。その表情は赤く、どういえばいいのかわからないと言いたげだった。そんなクリスの反応を、ジョルジュは心の底から楽しんでいた。
「どう、言ったらいいのか……」
「どう言わなくてもいい。オレはお前を恋人にしたいと思ってるし、いずれは妻にしたいと思ってる。お前はそれを知ってればいい。あとはオレの努力次第だ。」
「は、はあ」
 やや気の抜けた声を出したクリスに、ジョルジュははにかんだ。はっきりと言葉に出してみると、ジョルジュの頭にはこれからの算段が素早く生み出されていた。それが自分の生まれのおかげなのか、クリスを想う自分の青臭い独占欲なのか分からなかったが、ジョルジュはそのどちらにも感謝した。
「今のうちに覚悟しておくといい。考えていた以上に、オレはお前が好きらしい」
「……ああ、もう!そういう恥ずかしいことをこれからずっと言うつもりですか」
「さあな、それはわからん」
 たまらず荒げたクリスの言葉に、ジョルジュは軽く言った。すると肩に鋭い痛みが走る。クリスがジョルジュの肩をつねったようだった。「痛い」と言うと、クリスは唇をとがらせた。
「せっかくダンスが楽しくなってきたのに、ジョルジュ殿のせいでなにも考えられないじゃないですか」
「それは本望だと言いたいところだが、またつねられたらかなわないな。これくらいにしておこう」
「そうしてください」
 やれやれといった顔のクリスの体を支えなおして、次のステップを踏みやすくする。クリスもそれに合わせてジョルジュの肩をひと撫でして掴みなおした。その仕草にジョルジュは喉を鳴らして笑う。
「やはりオレ達は相性が良いな」


20101120

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