罪人は眠りぬ

風の音で目が覚めた。窓が揺れている。闇の中に気を尖らせて気配を探ってみるも何もない。息を吐いて、反射的に握ったのであろう自分の武器を定位置に戻す。追っ手から逃げ回る生活は、ずいぶん自分の神経を鋭くするらしい。
屋根の下で寝るのは久しぶりだから、眠りが深かったのだかろう。まばたきを何度か繰り返すと、自分の目が次第に暗がりに慣れて隣に眠っているディアスに注視する。起きてはいないようだ。わずかな寝息は深い。それに一安心する。
眉間にわずかに皺が寄っているが、それはいつものことだ。頬が緩むのをこらえて、固まる。その表情が普段の彼ならば絶対にしないだろう悲しげな表情だったからだ。
ああ、と思った。
ディアスはまた夢を見てるのだ。
母に抱かれて眠る夢を。
精神の海で十三聖者たちが見たディアスの夢を思い出す。
美しい女の人が、穏やかな寝息を立てて眠る子供を胸に抱いて、時折髪を撫でては、幸せそうに微笑む姿だった。
故郷の教会で見た、宗教画のようだと思った。その横でディアスは震えていた。
彼の夢だ、と聖者は言った。
金に目が眩んだ母親に売られてレノスに連れて行かれても、母の愛情を求めてディアスは毎夜同じ夢を見ていたのだろう。ディアスがいくら人間への関心を失っても、体を包んだ母親の温もりだけは忘れなかったのだろう。
私はそれが無性に嬉しくて、無性に寂しい。ディアスが何かを望んでいることが嬉しくて、だが彼の望む愛情を、私はあげることができないからだ。私は彼に母親の愛を与えることは出来ない。私の愛は血で汚れた。後悔はしていないが少し寂しい。
私は身を丸めてディアスに寄った。温かい。彼は体温が高いのだ。子どものようなぬくもりに、私はなんだか泣きたくなって、ディアスの肩に顔をこすりつけた。何があろうと私はディアスのそばにいる。どうかこの人の夢が、優しいものであるよう、私は私に祈った。


20100401

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