甘やかなる美酒

※反転ユリリエ注意
らす様に捧ぐ。


甘い香りがして、目を覚ます。体中を巡る熱にぼうっとしながらまぶたを開くと、黄金色が見えた。意識は一気に覚醒して、額に感じる重さと冷たさを捉えた。反射的に名前を呼ぶ。

「…ユリリオ?」
「具合は少しか良くなりましたか?」

ユリリオは、結んだ髪を肩から揺らしながら、私の顔を覗き込んだ。柔らかな陽に照らされた草原のような瞳が、心配そうに揺れている。

「ユリリオ」
「まだ熱は下がりませんか、レハト様」

私が確かめるように名前を呼ぶ度、ユリリオはにっこりと笑って私の額を撫でる。ユリリオの手は冷たく、気持ちが良い。手袋を外しているせいか、普段触れられるよりも一層優しさが胸に近い。早くなる鼓動につられて深い呼吸をすると、さっきと同じ香りが鼻をくすぐった。

「…なんだか、甘い香りがする」
「実は、食事会で果実酒をこぼしてしまったのですよ」
「大丈夫だったの?」
「そのときはね。でも、今はとても困っています」

私はまばたきをしないでユリリオを見つめた。ユリリオは口元に笑みをたたえて、私の頬を撫でる。指先が湖面を跳ねる魚のように浮かんで、それから唇をなぞった。唇がユリリオの指先を敏感に感じて、思わず震えそうになる。

「どうしたら、レハト様を抱きしめることが出来るか、とね」

ユリリオは顔を近づけて、私の耳元でささやいた。さっきよりも濃く香る甘い果実酒の香りと、ユリリオの気品に溢れたいやらしい声に、私は酔いそうになった。頬にかかる熱い吐息に、熱のせいだけではない、違う、体を這い上がるような心地よい熱さが体を支配する。

「ユリリオ、酔ってるの?」
「しどけなく横たわるレハト様になら酔ってるね」
「口調が、やだ、おかしいよ」

私が喋っているその口元に、ユリリオが唇を押し付けてくる。ユリリオの髪が、頬を擦れて、背筋がぞくぞくとした。私は、ユリリオの厚い肩を押し返しながら、わずかに抵抗をしてみる。
一瞬、動きを止めたユリリオはきょとんとして、口の端をわずかに持ち上げて微笑んだ。

「可愛い人。男は抵抗されると、弱いのですよ?」

開いていた手で私の手を取ってゆるく引いた。上体が少し浮き上がる。すかさず、ユリリオの手が背中に回り、私の体を支えた。そして、まるで自分からするみたいに、私とユリリオの唇は重なった。
上唇が、軽く甘噛みされる。

「ぅあ、…だめ、だめだったら、ユリリオ」
「どうして」
「熱が、うつっちゃう」

顔を真っ赤にして告げる私に、ユリリオはくすくす、と声を立てる。声が唇に反響する。私の意識はぐつぐつと煮えた鍋みたいに沸騰して、ユリリオの服をぎゅう、と握った。手のひらにぬるい感触が広がった。
ユリリオの瞳を見つめると、さっき見た温かな緑はどこにもなかった。話に聞いただけの、魔の草原がそこにあった。うごめいて、私をどこかに引きずりこんでしまいそうな、

「レハト様の熱なら、喜んで受け入れましょう。だから、レハト…」

せつなげにユリリオは囁いて、私の体をゆっくりと敷布の上に押し倒す。私はユリリオの口付けを求めて、唇を開いた。ユリリオは陥落した私の瞳を満足そうに見つめ―――

「ユリリオ、入、…る、ぞ…」
「おや」
「…?、あ」

ユリリオの腕の合間から、扉を開けたまま硬直したタナッセが見えた。タナッセの顔はいろんな色と表情に変化して、変化して、叫んだ。

「なっななにをしてる貴様ら!!!!!」
「見てのとおりですよ?我が従兄弟殿」
「ユリリオ!」

ユリリオはしれっと言い、羞恥に暴れる私の体をさっと隠した。タナッセはユリリオの言葉に顔を真っ赤にしている。さっきよりも赤い。

「ところで何の用かな?」
「し、食事会でのことを謝罪しようと、思ってだな…」
「やれやれ。タナッセ、私が何度お前の粗相を尻拭いしたと思ってるんだ。今日の一回、数えたらきりがないぞ」
「そっ…その粗相の大半は貴様のせいだろう!」

タナッセは叫ぶと、しまったという顔をして、扉も閉めずに踵をかえして部屋から出て行った。ユリリオはふう、と息を吐いて、私を見る。
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、私の鼻頭に唇を落とした。

「レハト様、頭の悪い従兄弟を、ちょっとだけこらしめて来てもいいですか?」
「…ふふ、やりすぎちゃだめだよ」
「おや、今の言葉でちょっとが無くなりました。こらしめてきます」
「もう…」

ユリリオは立ち上がると、仕方ないという風に部屋の外に出て、扉を閉める前に、私に向かって片目を閉じてみせた。

しん、と静まり返った部屋で、嵐にあったような心持ちの私は、自分の周りで甘い香りが漂うのを感じた。ユリリオの残り香かと思って鼻をこすると、よりいっそう香りがする。
不思議に思って手のひらを見れば、かすかに色づいている。私は笑ってそれを舐めた。


20100509

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