森の奥では

※レハト魅力200

ぱちぱちと火が燃えている、俺の前には二人の人間が座っている。一人は、胡散臭そうな笑顔で色んな町の話をしている髭の男。どうやら商人らしく、あの町ではこれが美味かった、あの町ではこれこれの店が一番安いとか、のべつまくなしに喋っている。森の抜け道を教えてほしいと俺に声をかけてきたのもこいつだった。

俺の住む村は森のすぐそばにあって、普通に街道を通るよりその森を抜けた方が町に近いから、村の人間は重宝している。村の人間以外もたまに使うが、その抜け道は村の人間が口伝でしか伝えていない少々厄介な道で、大抵やばいやつらが大金を持って村長に案内を頼みにくる。持ち回りで案内して、大金は村長に渡し、村民全員に配られるようになっている。俺はその仕組みがあまり好きではないから、こうやって俺個人でも案内をしている。もちろんばれたら大変だから、そう滅多に引き受けないし、普通は村長に回す。ところがこの胡散臭い男は、俺に商品を売りつけるふりをして俺個人に案内を頼んできた。まったく妙に手慣れている。きっとこいつらもやばいことに巻き込まれているのだろう。 けど、俺は金さえ貰えればそれで良かったから、深くは突っ込まない。これだけは俺の信念みたいなものだった。

火の中に枝を放り込んで、もう一本枝を入れるために集めてあったそばの枝を取ると、今まで喋っていた男が急に黙った。
一気に森の中に静寂が降る。風が葉を揺らす音以外何も聞こえない。どうしたんだい、お兄さん。俺がそう尋ねると男はちょっと、と言いながら立ち上がり、繁みの奥へ入っていく。あんまり奥に行きなさんなよ、と声をかけると、男は片手を上げて行った。 燃える火を見ながら俺はもう一人にちらりと目を向ける。大きな外套に身を包み、顔を隠すようにフードをかぶっている。俺はまだこいつがしゃべるところを見たことがない。抜け道を抜けている時に男がこいつに小さな声でレハトと声をかけていたのを思い出す。あのときは道を確かめるために耳をすましていたから聞こえてしまったのだ。それ以外は別の名で呼んでいたはずだ。 あの男はこいつに俺が話しかけるのを阻止するために喋り続けていたのではないだろうか、それはなぜか。商人が連れているといえばやはり…、そこまで考えて頭を振った。仕事には関係ないことだ。

だが妙に気になるのも事実だった。好奇心と義務感で俺は前に座っている人間に話しかけた。
暑くないかい、と。
そいつはぴくりと反応して、わずかに身じろいだ。深くかぶったフードからは時折、わずかな肌が見えるだけで、鼻から上は見えない。
やれやれと俺は思いながら、枝を掴み火に放ろうとした。
衣がすれる音がして、俺はおや、と手を止めた。
そいつはマントから手を出す、それは白くて綺麗な手だった。爪が火に照らされて花で染められたかのように淡く赤い。その手はフードを掴み、ゆっくりとフードを取った。フードの中に隠されていた髪の毛がはらりと胸に流れた。そいつは少し暑いです、とはっきりとした妙に甘い声で言った。 俺は耳と目が壊れた気がした。
もう一人は、女だった。多分、俺が見た女の中で一番美しい女だった。まつげは長くまばたきするごとに揺れ、その下の瞳は太陽のように輝いている。唇は火に照らされているとはいえいやに赤く、果物よりも甘い印象を受け、純粋に舐めてみたいと思わせる唇だった。口元は緩くカーブを描き、微笑んでいる。俺は村の女たちの小麦色の肌と女の白い肌を思い浮かべて、その質感の違いを想像した。まったく分からなかった。

震えた息を吐いてあんたきれいだな、と俺が言おうとすると、突然後ろからあー!と叫び声が聞こえてきて声が喉に逃げた。
俺が振り向くよりも早く男は草を掻き分けて女の元に駆け寄り、ダメ!ダメ!とわめきながらフードをかぶせた。高級な布を扱うような手先で髪を掴みマントに戻すと、呆然とした俺にゆっくりと顔を向けた。
見た?と女を抱きしめながらおそるおそる聞いてきた男の目は宝物を見られた子どものような顔をしていて、俺はなんだか馬鹿らしくなった。
その子はあんたの売り物かい?と俺は冗談めかして聞いた。男は違うと言った。女はフードの中から俺をきょとんと見つめている。暗いのに明るい瞳だと思った。その目が俺をじっと見つめて来たので、俺はいたたまれなくなり、足元に目を落とした。転がった枝を掴み、いまだ燃えている火に放る。
あんたたち一体何者なんだね、と今まで抱いてきた疑問を口にした。信念なんかどうでもいいと思った。


20100203

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