流星、それは

波形を踏みにじるように彼女は足立透の拳銃をローファーの下にひざまずかせた。足立が引っ張ったせいで解かれた彼女の灰色の三つ編みは、無風のこの世界でゆわゆわと揺れている。 こちらをじっと見つめたままの彼女の目は今まで見たシャドウたちよりも暗くよどんでいた。鼻をくすぐる血の匂いに、彼女はせせら笑った。

「大丈夫?陽介」

花村はただ呆然と彼女の姿を見つめる。フラッシュバックする彼女の姿。ここに入るまでは普通だった。俺はこれで最後だな、と扉の前で彼女に笑いかけた。 彼女は何て言った?思い出せない、それ以前の彼女の姿なら色鮮やかに思い出せるのに今俺の目の前にいる、足立に掴みかかろうとした俺を刺した、この女は誰だ。

「ちょっと、拳銃返してよ」
「ダメです、陽介殺すでしょ?」
「うん、だってこいつ僕を殴ろうとしたでしょ」

こいつ、と俺を見下ろす足立の目はやはりどこまでも暗く広がる沼のようだ。無意識に体は後退する、腹に刺さったままの剣がカリカリと地面を掠った音がする。 指先にぴちりと水っぽいものが触れるがそれは足立に撃たれた里中の血だろう。まだ息があるようでしきりに天城を呼んでいる。次第に聞こえなくなる。

「刑事のくせに拳銃を落とすなんて恥ずかしい」
「あんな田舎警察で練習するわけねえだろ」
「怠慢ですね」
「虚無にはお似合いだろ」
「まったくです」

二人は雑談をしているが視線は俺を見つめたままだ、俺の腹は焼け付くような痛みを訴えている。二人は苦しむ俺を観察するように見つめている。 全身から汗が吹き出すが皮膚の下は次第に冷たくなってきた、酸素を取り込もうとするたび腹から空気が漏れているような錯覚さえ感じる。

「何回目だと思ってんの、銃くらい落とすって」
「暴発したこともありましたね」
「あれはウケたな」

三回目のまばたきで、俺は自分のまわりが血の海だと気づいた。足立の笑い声が目の前でするが、今の俺には怒りすらわかない。どうしてだ。 呼吸が出来なくなってくる、吸おうとすると吐いている、時間が一拍遅い気がする。

「やっぱり間隔が狭まってない?」
「前は陽介が死んでからでしたからね」

視界がぐにゃりと歪む、俺は今死んでいるのか生きているのか、どうしているのか。 あたりが黒いベールに包まれたように暗くなる、聞き慣れたローファーの音が聞こえて、腹部に痛みが走った。

「返してね、陽介」

引き抜かれた剣には俺の血が糸を引き、まるで流れ星のように光っていた。


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