あの夏、いちばん静かな

息苦しさに目を開けると足立くんがいた。事件がひと段落ついたから久しぶりに休みを貰ったという話を聞いて遊びにきた私を追い返さずに買い物に行ってくるから留守番しててと言い残したはずの足立くんがいるということは、いつのまにか私は眠っていたらしい。 窓の外から蝉の鳴き声がけたたましく聞こえる。
首に添えられた両手がつめたくて気持ちいい。首に加えられ続けている圧迫感に息苦しさの原因を悟っても暴れる理由の見つからない私は足立くんを見上げた。寂しそうな瞳に微笑もうと目を細めたつもりがひゅうと喉の奥から掠れた息が漏れただけだった。苦しさに顔を歪ませているように見えたのか首の力が弱まって手が離れていった、つめたい手が離れてしまって寂しい私が呼吸をしながら緩慢な動作で体を起こすとどんよりとした瞳から非難するような視線を浴びて私は口を開く。


「おなかすいたね」
「何言ってんの」
「もうお昼だよ、なに買ってきたの?」
「・・・僕に殺されそうになったって分かってる?」
「分かってるよ、でも失敗しちゃったね」


残念だね、と微笑んで言うと叱られた子供が母親に許されたときの安堵に満ちたような顔をした。なんだか罪悪感が芽生えて目を伏せる。足立くんにだったら殺されてもいいのにと思ったからだ、やっぱり私はどこかおかしいのかもしれない。気づいてしまった自分の欠陥をごまかすように見上げると足立くんの目に涙がたまっていて今にもこぼれそうだ。私はおどろいて少し上ずった声で聞いた。


「なん、で泣いてるの?」
「は・・・?誰が」
「足立くんが」


何かを言おうと口を開いた彼の右目から涙がこぼれる。顔を背けた足立くんの目から流れる涙を見ながらきれいだな、と考えて何で泣いてるんだろうとその理由を考えた。蝉の声がみんみんみんとだんだんボリュームをあげて一つだけ思い当たった私の中の不思議な罪悪感を早くいいなよと急き立てる。


「死んじゃえばよかったね、私」


死んじゃえば足立くんは泣かなかったのかもしれない、と呟いてからそう思った。私の中の足立くんはいつだって虚勢を張っているからこんなふうに泣いたりする人じゃない。それは勝手な想像かもしれないけれど、私はそんな足立くんしか知らないからこんな風に泣かれると、どうしていいか分からなくなってしまう。


「・・・ほんとだよ、」


死んじまえばこんなにも苦しまずにすんだのに、と小さく呟いた彼になんともいえない気持ちが芽生えて足立くんの首筋に腕を回して抱きついた。本当はころしてほしかったよと耳元でつぶやくと次はそうする、と返ってきてこれでこそ足立くんだと思った。でも、私が死んだら足立くんは悲しんでくれるだろうか、悲しんでもらいたいようなもらいたくないような複雑な気持ちがどっちつかずのまま再び私の中に沈んでいく。 蝉がひときわ大きく鳴いて息を吐き出すように静まる、ゆっくりと私の背中に回された足立くんの腕が、さっき私の首を絞めていたのとおなじ冷たさだった。それが気持ちよかったからもうすこしだけ、蝉があともう一回鳴いて、また静かになるまでこうしていたいと思った。

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