お子様の火遊び

「足立さんって、たばこ吸わないのに、たばこの匂いがするんですね」
「それって、今言うことかなあ」
 私の両手を縛りながら、足立さんは呆れたようにそう言った。
 肌に痕が残らないようにタオルを巻いてくれたのだろうが、縄をきつく締められたので少し窮屈だ。ならすように手首をひねると、足立さんは冷たく「無駄だからね」と私の腕を押さえた。
「堂島さん…ああ、僕の上司なんだけど。その人がヘビースモーカーでさあ。ずーっとスパスパ吸ってるんだよね。僕が肺がんになったら絶対あのひとのせいだね」
「受動喫煙って言うんですよね、そういうの」
「そうそう、かしこいねえ。えらいえらい。偉いついでに、次は足をしばるからね」
 頭をぽんぽんと撫でられて、足首を掴まれる。
 ふと、今日はどんなパンツを履いていたのか心配になった。ジュネスで買った5枚で300円のぼよぼよパンツではなかっただろうか。そんな私の心情をよそに、足立さんは私の足首にタオルを巻き、縄を締めていく。
「痛かったら言ってね。あと、別にいやらしいことはしないからね」
 足立さんははじめて会ったときのようなヘラヘラした笑い声を立てて、今日はね、と付け足した。

「さあ、出来た。これでもう逃げられないね!」
 両手両足を縛り終えた足立さんは、満足気にそう言った。もとより逃げるつもりはなかったが、私はあえて言わなかった。
「拉致監禁って字面で見るとえげつないけど、やってみると結構簡単だよねえ」
「私、ちょろいから。イージーモードだったと思います」
「ほんとね。ちょろすぎて僕びっくりしたもん。気をつけた方がいいよ、次からは。刑事に言われたからってほいほいついてったらダメだからね」
「はい」
 素直に返事すると、足立さんはにこにこしながら私を抱きかかえて頭をぽんぽんと撫でた。どうやらこれが、彼の愛情表現らしい。私は大人しく足立さんの胸に顔をうずめた。苦々しいたばこの匂いがする。
「きみ、ずいぶん大人しいけど大丈夫? 誘拐されてる自覚あるの」
「…ありますよ。それより足立さんが私のこと誘拐した理由がなんか、気になってて」
「あー、それかあ」
 私を抱く足立さんの手がこわばる。沈黙が辺りを支配した。私はいたたまれず、周囲を見回した。足立さんの部屋にはなにもない。最低限の生活ができるだけの家具しか置いていない。
 ただ、一つ。テレビが壁向きに置かれていることが気になった。そして、後ろ向きにされたテレビには、無数の写真が貼られている。
 その写真に写っているのは、すべて私であった。
 下校中の私、登校中の私、体育の授業中の私、道草をしている私、友達と遊んでいる私、家の扉を開ける私、ジュネスで買い物をしている私―――すべての写真に自分が写っている。
 この部屋に連れ込まれてからずっと気になっていたが、改めて見てみるとよく撮ったなあ、と感慨深く思えた。

「ベタだよね」
 足立さんは呟いた。
「ベタですね」
 私もそう言った。
 これはつまり、所謂ストーカーというやつなのだろう。ふむ、と合点がいったように頷くと足立さんは声を荒げて否定した。
「ストーカーじゃないからね、言っとくけど! 僕も仕事で忙しかったし、四六時中キミのこと監視してたわけじゃないから。ただまあ、聞き込みとかで八十神の近くに行った時は、なにしてるかな~って思って様子見てただけ。ついでに写真も撮ってただけ」
「はあ。それで…想いが余ってこんな凶行に?」
「そういうこと。はあ~やっぱ間近で見るとめちゃくちゃ可愛いね。肌もふにふにしてて柔らかいしさあ。一度でいいからぬいぐるみみたいにしたかったんだよね」
「ぬいぐるみにいやらしいことするんですか?」
「時と場合によってはするねえ。……なんかキミ、ほんとに焦らないね。怖いとか、家に返してとか、助けてー! とかないの。おまわりさあん! みたいな」
「おまわりさんは、足立さんですけどね」
「そうだね」
 フリに答えてそう返すと、足立さんはあははと笑った。足立さんの笑顔はかわいい。私がストーカーの口車に乗せられて誘拐されてしまっても然程動揺していないのは、足立さんの笑顔を壊したくないからだった。だけど、それを言ってしまうと、彼は調子にのって私を手放してしまうだろう。
「なんとなく…こわくないんです」
「へえ。感覚が壊れちゃったのかなあ」
「そうかも。……おかしくなった私はかわいくないですか?」
「どうかなあ。僕もこの状況に冷静でいられていないから、即答はできないけど。色々試してみよっか」
 足立さんの手がスカートに下りる。ふとももを手が這い、くすぐったい。とっさにやだ、と言って足立さんの胸に頭突きした。うごめいていた手はすぐさま止まった。
「ごめんごめん」
「今日の足立さんはたばこくさいから、いやです」
「そっかあ。じゃあ、たばこくさくなるまで、一緒にいてね」
「……逃げられないし、いいですよ」
 ありがとう、と足立さんは私の頭をぽんぽんとなでた。その手つきが先程のそれでは明らかに違っていて、私はなんだか嬉しくなってしまったのだった。

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