始まりの卒業式

  檀上で朗々と語る校長は、卒業生へのあいさつもよろしく学校の歴史を語っている。無駄に長い歴史のあるうちの学校が今は恨めしい。
 あくびをすると、横に座っている七代もつられてあくびをする。手で隠すこともしない俺と違って、七代は一応手で隠した。
「校長話長い。サボればよかったかなー」
 目尻に涙を浮かべながらうんざりしたような声で言う七代に軽く笑う。
 卒業式にそろって遅刻した俺と七代は、名前順に並んだ自分のクラスの末尾に並んで座っていた。
「サボろうってんなら、もっと早くに言えよ」
 声を潜めてそう言う。任務が終わった七代は卒業式には参加しないと聞いていたから、校門前で七代と会ったときは驚いた。
「遅刻したらまずいと思って走ってたから、ぜんぜん考えてなかった」
「結局遅刻してるお前がすごいよ」
「普通に遅刻してきた壇先輩にはかなわないっすよ」
 にやにやしながら言う七代の脇腹を肘で突く。「痛い」と小さく笑いながら呻く七代は、本当に痛そうな顔をした。そういえばコイツ、三乗のなんとかってやつにぶっ飛ばされてたっけ。
 最後の戦いの翌日に病院に無理やり送られて、検査を受けたと聞いた。七代は呪言花札との適合を見ただけだと言っていたが、もしかしたら肋骨の一本や二本折っていたのかもしれない。
 ぼんやりと、愚痴る七代をたしなめていた伊佐地、だったかを思い出す。
「そういえば、お前今日卒業式来てよかったのか?」
「伊佐地先生もその上もダメだって言ったよ」
 ためらうように質問した俺が馬鹿みたいに思えるほどあっさりと七代は返す。やっと平成に入った校長の話を聞きながら、七代は子供みたいに言った。
「犠牲になったままなら、何も言いません。が、こうして死する運命から帰ってきたというのに、級友たちと門出を迎えることもできないなんて!」
 悪い顔をして、七代は続けた。
「まあ、そんな感じでごねてやった」
「ひでーな」
 ははは、と七代は笑って、急に動きを止めた。
 どうした、と聞こうとする目の前でこそこそと携帯電話をとりだした七代はメール画面を見て硬直し、やべーと言いつつ携帯をしまった。その顔はわずかに青ざめている。
「次の任務決まった」
「早いな。どこだよ」
 七代は椅子ごと体を近づけて、俺の耳に唇を寄せる。生ぬるい吐息と共に耳に注がれるその地名に、俺は背筋がぞっとした。
「マジか」
「マジだ。卒業式終わったら直行だって」
 反芻する七代は、無意識のうちに掌のグローブを引っ張って直している。片手にはめられたグローブは、初めて会った時と同じく、つややかな色合いのままだった。
「あーあ、簡単に許さなきゃよかったなぁあのおっさん」
「ははっ、いまさらだろ」
 さらりと返すと、七代はさみしそうなつまらなさそうな顔をした。その反面、どこか喜色も浮かべている。新しい任務への好奇心だろうか。着いていけるなら、俺も着いていきたいような気がした。
「ごねまくって、4月までは遊びたいよ」
 ふてくされた七代は、俺の肩に頭をのせる。校長の話はやっと今年に入った。なんならもう一周すればいいのに、と俺は少し思った。今なら昭和の話だろうが、平成の話だろうが長いなんて言わずに黙って聞けるだろう。
「もっかい昭和の話しないかな、校長」
 自分と同じことを考えていたので、噴き出した。

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