囲んであげるね

  四角研究会の夏休み強化合宿には必ず参加してね、という蒐くんの約束を伊佐地先生の笑い声くらい豪快に破ってしまった私は今、2学期が始まったばかりの部室で蒐くんと対峙している。
「……」
「……」
 目の前で黙っている紙袋を被った学生は、初めて会ったときよりも不気味な空気を出している。喋るとかわいいから、紙袋属性が相殺されていたというのに、蒐くんはずっと黙したままだ。
「あ、あのう……」
「おう?」
 はて、といった風に蒐くんはこちらを向いた。若干湿ったようなガサリという音で、ああたぶんこっち向いてるのだろうな、という気配を感じる。紙袋に開けられた虚空のような穴を見つめると、妙に懐かしい気持ちになった。
「えー、と、合宿、出れなくてごめんね」
「あー、ちょっと、しょんぼりしたけど、平気、だったよ?」
 ガサガサ、ゆら、と揺れながらしょんぼりしたという雰囲気が肌にちくちくとささる。顔が見えない分、どうも蒐くんの感情の気配には敏感だ。しかし、平気だったといわれると、ちょっとさみしい気持ちがする。やはり伊佐地先生を昏倒させてでも任務をさぼるべきだった。
「センパイの四角、あの時よりもっともっとすごい、四角になってる、」
「蒐くん分かるの?」
 新人封札師だが、呪言花札を持っているせいか仕事が槍の雨のように降ってくる。忙しくて忙しくてどうにもならない。その分任務をこなす数も増えているからか、腕ばかり上がる。
「分かる。センパイの四角は、枠をどんどん広げて、ぼくには見えないくらい四角、かも?」
 かも?と聞き返そうとした私の目の前に、ずずずいと紙袋が近寄った。
「うわっ、何?」
「うー。ん?四角、三角、丸。でも、四角?」
 虚空に見えていた紙袋の目の部分に、本当に目が見える。それくらい近い、なぜそれくらい近いのだ。蒐くんはじぃっと私を見ている。紙袋の中に見える目はまばたきせずに私を見ていて、私はその視線をのけぞりながら受けている。
「んー」
 ふ、と紙袋が離れて、首を傾げる蒐くん。私はのけぞった姿のまま「どしたの」と間抜けな声をあげた。
「センパイは、四角だったり、丸だったり、三角だったり、形が定まらない……。」
 姿勢を戻して蒐くんを見ると、うーん、とうなっている。
「形が定まらないのは、ダメ?」
「ダメ、じゃない。ダメじゃない、けど……ぼくには、だめ」
 だめ、と言われて少しショックを受けた。四角を崇拝する蒐くんに形が定まってないセンパイなんか合宿に来てくれなくてほんとよかったよ!と言われてるような気分になった。これは被害妄想だが、被害妄想でも想像したら本当のような気持ちになる。
「ぼくの、夢は」
「……ん?」
 肩を落としていると蒐くんがぽつりとつぶやいた。紙袋がわずかに傾いているので、下を向いている。机の下でもじもじと指を合わせているのだろうか。ここからでは見えない。
「ぼくの、夢、は先輩を四角にすること」
「……んんん?えっーと、たまに四角じゃだめなの?」
「だめ。ずっと四角、永遠に四角、なにがなんでも四角」
「おおう」
 思わず蒐くんのような声で反応を返してしまった私は、うつむいたままの蒐くんを見ながら、四角ってやっぱり奥が深いのかもしれないな、と真剣に考えてみた。しかし蒐くんの理想の四角ってなんだろうなあ、と思ったが、やはり具体的にはわからなかった。
「うん、がんばれ」
「うん、がんば、るよ?」
 くしゃっと笑った、いや実際にはくしゃっと紙袋が音を立てただけだが、紙袋込みでかわいい私の後輩は、きっと笑顔でいることだろう。私はそれにささやかな笑顔で応えた。

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