ぼくとテエロ

※ヴァイル愛情ED時で子供が喋ってます。/テエロの喋り方は捏造です/他にもいろいろ捏造してます。
以上、どんと来いという方のみ読んでやって下さい


てん、てん、てん、とぼくは鈴をころんとさせたような、長い棒で壁を叩いたような面白い音がする変な靴で中庭を歩いてる。お母さまが市で買ってきたというその靴は、ぼくがどこにいてもすぐわかるようにって履かされた靴で、ぼくはあまりこの靴が好きじゃない。

ぼくは茶色い石の床をてん、てんと渡って、涼しい森へ向かう。城の中はたくさんの人がいるし、たくさんの人のじゃまをしちゃいけないから、僕はこのだれもいない森がだいすきだ。木に寄りかかって、風がふくたびにたくさんの光る手が土の上でゆらゆらゆれるのを見下ろしながら、ぼくは後ろにいるテエロにはなしかけた。

「テエロ、手がいっぱいだよ」

テエロは、お父さまのお医者さまだけど、今日からぼくのきょういくかがりをけんにんすることになったんだそうだ。
「教育係です」とちょっと怒ったみたいな顔でいうテエロに、お父さまは笑って「こいつは目ざといから逃げるときは上手く逃げるんだぞ」とぼくの頭を撫でてお仕事に戻っていった。
お母さまがテエロと外を回っておいでというので、出てきてみたはいいけれど、テエロはぼくのうしろのうしろをついてくるだけで、やっぱり怒ってるようにみえた。
ぼくはもしかしたらテエロにきらわれてるのかもしれない。でもきらわれる理由がわからない。

まあいいか、とぼくはしゃがんで光る手を掴もうとすることにしたんだけど、さっと手のひらはぼくの手の下に隠れてしまった。えい、とぼくが手をのけると、光る手は、するんと現れる。それにぼくはすこしむっとして、手のひらのどーこーをさぐることにした。どーこーをさぐることもまたせいじにはふかけつだとお父さまが言ってたんだ。あとお母さまがきげんわるい時とかにもつかえるんだって。

「何をなさっているんですか」

そんなことを考えて地面をじいいっと見ていたらテエロの声が聞こえて、ぼくは「わっ」とからだが前にぐるんとなってびっくりした。ぎゅっとつぶった目を開くと、寝転んだぼくをテエロは見下ろしていた。やっぱりすこし怒っているような顔をしている。

「何をなさってるんですか」
「え、えっとねえ、手をつかまえようと思うんだ」
「…これは木漏れ日といって、捕まえられません」

上を見上げて葉っぱや枝の間をすり抜けている光に手をかざすと、光の手につかまれてるような気分だったぼくの顔にテエロの大きな手がかぶさって光の手が消えた。

「ほんとだー物知りなんだねテエロ」

ぼくがすごいなあと思ってそういうとテエロは黙ってぼくを立ち上がらせて、ばんざいをさせて服をはたいた。土ぼこりが宙に舞うのをみながら、ぼくはおもっていたことをテエロに聞いてみることにした。

「あのね、テエロはお父さまが大好きなんでしょ、なんでぼくといるの」

テエロは急に手を止めて、目を開いてじっとした、それからいっかい目をつぶって、開いたら何事もなかったようにまたぼくの服についた汚れをはたきはじめた。へんなこと言ったかなあ、ともやもやとした気持ちでぼくはなにもいえなくなった。すると、ぼくの身なりを整えたテエロがぼくの目を見つめて口を開いた。すごく変な顔をしている。

「私の仕事ですから」
「えっ」
「あなたを守り、導くことがヴァイル様から私へ課せられた新しい仕事です」
「ふうん」

ぼくはテエロの目をじっとみて、テエロの後ろの森をみて、テエロをもういっかいみた。やっぱりへんな顔をしている。ぼくにだまってろっていう顔と、なんかしゃべろっていう顔をしている。お城にいる人はみんなこんな顔をしてるんだけど、テエロのはちょっと違うように感じる。
とりあえずぼくはテエロににっこりと笑ってみた。テエロは目をまあるくして、ぼくを見た。

「テエロはぼくのこときらい?」
「は、…いえ、そのようなことはありません」
「じゃあなんでおこってるの?」

ええと、いや、とテエロはつぶやいて、テエロはさっきみたいに黙って、けれどもさっきとは違って真剣に言葉を選んでいた。
さっきよりもぐっとぼくの目を見るテエロの目には、ぼくがにっこりわらっていた。お母さまにそういう笑い方はやめなさいといわれた笑い方だ。
きっ、とテエロはぼくの肩を掴んで、いいですか、とはっきり言った。

「本当のことをいいます」
「うん」
「私は、…あなたの教育係をやりたくありませんでした。ヴァイル様の典医に集中したかった。もちろんそれだけが私の仕事ではありません、ほかにもたくさんあります。それはわかりますか?」
「うーん、なんとなくわかる」

テエロがほんとのことを言ってることと、テエロはやっぱりぼくのことがきらいってことは、わかった。きらい?って聞いたらたぶん違いますっていうんだろうけど、きらいなんだろうなあ。ぼくはちょっとそれがかなしいと思ったけど、ぼくはしかたないことなんだと思うことにした。

「私は自分ができることしかできない人間です。そして私は誰かの面倒を見れるほど器用ではありません。だから、あなたのことは誰かに任せようと思っていました。」
「うん…」
「ですが、今、それは変わりました」
「え?…なんで?」

ぼくが驚いてテエロを見ると、テエロはふっと笑って、目を細めた。それはお父さまとお母さまがぼくに向けるような顔で、ぼくがいちばん好きな顔だった。ぼくにうそをつかない、ぼくをじゃまにしない、そんな顔だ。

「あなたの笑い方は幼い頃のヴァイル様そっくりだ」
「……それって、ぼくじゃなくてお父さまの面倒みたほうがいいんじゃないの?」

口をとがらせてぼくが言うと、テエロは目を丸くしてちっさな声でなにかをつぶやいた

「……本当にヴァイル様そっくりだな……」
「なに、聞こえないよ」
「あなたはもうすこし、わがままになったほうがいいと言ったんです」
「えっ?えー、なんでえ」
「ヴァイル様があなたの年の頃は、わがまましかいいませんでしたよ」

ぼくはその言葉を聞いて、むねのあたりがぐるぐるぐるってなるのを感じて、むううっと思った。

「でも、でもねえ、ぼくはお父さまじゃないんだよ。お母さまじゃないんだよ。ぼくしってるんだから。わがまま言ってゆるされるのは、しるしもちだけなんでしょう?」

びくん、と肩をつかんでいたテエロの手が震えて、ぼくはやっぱり!と思った。ぼくはテエロの手をはたいて、走って逃げようと思った。でも、靴がてん、じゃなく、ぐにん、という音がするくらい足をふんでも、テエロの手は離れなかった。テエロはすごくまじめな顔で、なにもいえない顔をしていた。

「ねええ、はなしてよ!テエロ!」
「―――誰が!」
「うえ?」

テエロの目はすごく怖くて、お父さまが怒るときよりもこわい目をしていた。すごくとんがってて、痛い目だ。ぼくはテエロの腕をぐいぐい押すけど、まったく離れなくて、離せったらあと思った。

「誰がそんなことを言ったんですか」
「だっ、だれも言わないよ!だれもそんなことぼくに言わないよ!」
「じゃあ、なぜ!」
「それはぜえったい言わない!」

ふうふうとぼくはテエロをにらみながら、おっきな声でそういった。森の中にぼくの声がひびいて、お城のなかのお母さまとお父さまに届いてしまいそうだった。ぼくは口を手で押さえた。肩をつかむテエロの腕なんか無視して、その場にうずくまる。目をぎゅうぎゅうつぶると、目の奥からきらきらが行進してくる。
いつもはきらきらがやってくると、ぼくは頭がぼんやりしてきて、水の中に手を入れてるみたいにひんやりしてくる。なのに、肩に置かれたテエロの手が熱くて熱くて、じわじわと僕の頭の裏から目の奥のきらきらが食べられてしまった。
まっくらになった目の奥は、じんじんしてきて、お母さまが薬草を塗ってくれるときみたいに鼻がつんとする。

「泣いても、いいのですよ」

テエロは僕の頭をぽんと触って、撫でた。僕は泣かない、と言ったけど、口を押さえていた手の間から出たのはううう、という声だけだった。まぶたを開けたら、いままで溜めてきたものが全部出てきてしまいそうだったから、開けなかった。そのかわり、ぼくは手を離して、テエロの服を掴んだ。そうしないと、また転んでしまいそうだったから。

「テエロ」
「はい」
「かえろ」
「はい?」
「お城にかえろう」

ぼくは目を開けずにそう言って、テエロにしがみついた。テエロはぐ、とうなって、ぼくの体を抱きとめた。ぼくはテエロの肩に頭を押しつけて、森の光が目に入ってこないくらいぎゅっと閉じた。こんなに早く城に戻るのは初めてだからだ。

「我が強いのはレハト様譲りですか」

がってなに、と聞こうと思ったけど、口を開いてなにかを言うのがいやで黙っていることにした。テエロはぼくを抱いたまま立ち上がって、ゆっくりと歩き出した。ぼくはつんとする鼻を、テエロの匂いのせいにすることにした。


20100704

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