盲目
王は、部屋に座していた。灯りもなく月に照らされたその姿は気だるげに窓辺に置かれた椅子に寄りかかり、その瞳は、暗がりの中でも王の威厳を損ねることなく王として君臨していた。時折窓から風が入り、王の長い髪を揺らす。
物音がした。
「……」
しかし王はそれに気づく様子もなく、ただうろんげに眼前の湖を見つめていた。
むしろ何かを待っているかのように。
「…死ね!」
目の前に現れた暗殺者にも驚くことなく、王は視線をわずかに動かし、そして戻した。まるで待ち人ではないというかのように。暗殺者は戸惑いを勢いで隠し、短剣を王の白い喉笛目掛けて振り下ろす。しかし短剣が突き刺さるよりも早く、鋭い光が暗殺者の喉元を裂く。暗殺者はその光を目で追うまでもなく、床に倒れる。
「…レハト」
月の光を受け光る短剣は、鋭さを失い血に濡れたまま、王の喉に寄せられる。王は瞬きすらしない。首元に掠れる切っ先に身を預けるように、目の前の影に視線を向けた。王の頬はわずかに紅色に染まり、目の前の存在を焦がれるように口を開いた。
「死なせないから」
柔らかい声音がそう断ずる。王はゆるやかに笑い、ゆるやかに悲しい顔をした。垂れた眦から、雫がこぼれ落ちる。ああ、わかっている。そういいたげに。影もまた一瞬愛情深い手つきで短剣を握る手を弱めた。いますぐにでも王を抱きしめるかのように。しかし影はそうしなかった。影はふわりとその場から離れた。
「おやすみレハト」
暗がりから聞こえた声はもう、愛情などなく、ただ突きさすような感情しかなかった。
王は静かに笑って、一切の表情を消した。瞳もまた色を失い、ただ月を映していた。
20100207