ここがサニャのいるところ
「やっぱり行かなきゃだめ?」
レハトが今日まで何度も何度も繰り返し聞いてきた言葉を投げかけると、サニャは今日まで何度も何度も繰り返し言ってきたように毅然と「はい」と答えた。
「部屋から出なければ、籠もりってことにならないかなあ」
「レハト様が成人なさるまでこのお部屋にいらしたら、私もローニカさんもお掃除出来なくて困ってしまいます」
この問答もお馴染みのものだった。レハトはそっか、とこぼしたきり肘をついて鏡石の中の自分を見つめた。鏡面に映るレハトの後ろには、サニャの顔もおぼろげに映っている。その顔がなんだか不安そうで──レハトが城に来る前のサニャのようで──サニャは表情をわざとこわばらせた。
もう間もなく、迎えの者がやってきてレハトは出て行く。成人するまで帰ってはこないだろう。それまでは、レハトを不安がらせるようなことはしたくないとサニャは思った。
分化は人それぞれで、どんな風に変わるかまったく予想がつかない。サニャの場合は、分化前も後も見た目はちっとも変わらず、少しがっかりして、少し安心したのを覚えている。
「どう変わるのかなあ」
「え? どうって?」
レハトは……と考えが及んだところで本人がそう言ったものだから、サニャはびっくりしてつい口調が砕けてしまった。レハトは無作法な侍従に憤ることなく言葉を続ける。
「分化だよ、すごく変になったらどうしよう。やっぱり女にすればよかったかなあ」
レハトが成人礼で男性を選んだとき、サニャは少しがっかりした。女性を選んでいたら、サニャでもなにか助言が出来ると思ったからだ。だがどちらを選んだとしても、籠もりから帰ってきたレハトに言う言葉は決まっている。
サニャはレハトの手を握って、大丈夫と言った。伏せたレハトの眼がサニャの目を捉える。
「どんな形でも、レハトはレハトだよ。私、待ってるから。だから大丈夫だよ」
「……うん、まっててね、サニャ」
レハトの手がサニャの手を握りかえすと、サニャはまた強く握りかえした。湖から冷えた風が入り込む中、迎えの者が戸を叩くまで、二人はずっと、そうしていた。